アイスクリームレビュー掲載記事より抜粋しています。
(掲載文とは一部異なります)
一度訪れたことのある方々ならお分かりのように、
フィレンツェは一つの巨大な観光スポットと言っても良い街だ。
ルネサンス時代の城壁は、現在では城壁内の旧市街と、
19世紀から郊外で広がって発展してきた
現代のフィレンツェとを隔てる環状道路へと姿を変えた。
50〜60年代の経済ブームに乗って、
生粋のフィレンツェ人は城壁内の旧市街から
郊外の新しいマンションや一戸建てへと住まいを移し、
1982年、壁内の旧市街は世界遺産と登録されたが、
その頃すでにそこに住んでいる
生粋のフィレンツェ人はわずかであった。
分かりやすく例えてみれば、山手線内にはもう
江戸っ子がほとんど住んでいない、と言ったところだろうか。
実は筆者の実家もフィレンツェの郊外にある。
毎週日曜日、マンマの料理を食べるために
(それこそイタリア人男子なりの親孝行だが)実家に帰る。
かつて城壁があった頃の門は、今も環状道路の真ん中に
塔のようにそびえており、旧市街から郊外に向かうには、
その街の門をくぐって郊外に出るわけだが、
入り組んだ旧市街の道と比べると、
郊外の道はシンプルであまり特徴もない。
そんな実家への道をバイクで走ると、
観光地からだいぶ離れている場所にあるにも関わらず
いつも地元の人たちで賑わっている一軒のジェラート屋がある。
金の延べ棒、を意味するジェラテリア イル リンゴット |
『アイスクリームレビュー』のジェラート記事を担当する以前から
よく食べに行っている、秘密にしたい
お気に入りジェラテリアの一つではあるが、
味からすると本当のジェラート・アルティジャナーレ
(職人が作るジェラート)だと判断し、
よし、ここは『アイスクリームレビュー』のエドファン、
いや、アイス研究に熱心な読者さんたちの為に
一肌脱ごうと、この度インタビューをさせてもらうことにした。
Il Lingotto(イル・リンゴット、金の延べ棒)という店である。
とても小さな店で、20種類ぐらいのフレーバーに、
ジェラートケーキ、さらには新鮮なヨーグルトも提供している。
店内の予算がかかっていそうな装飾は、
真っ白な氷の中にいるようなイメージを彷彿とさせる。
真っ白な氷の中にいるようなイメージを彷彿とさせる店内 |
店内に座るスペースがないが、店の前の歩道には
カラフルな椅子が置いてあり、老若男女が並んでジェラートを食べる。
インタビューにあたり、いくつか味見をさせてもらったが
(これがインタビューの醍醐味!)
全ての味にジェラート職人らしいこだわりを感じる。
最初食べたのは、店を代表するフレーバー、
店の名前を取ったリンゴットという、クラッシックで濃厚なクリーム。
クリーム系が好きな方には一度は食べて頂きたい
おすすめのフレーバーだ。
実はこの店、イタリアでちょっと珍しいことに、
一キロ以内のエリアで二店舗もある。
しかしフランチャイズ店というわけではなく、
メインの店舗で作ったものを、もう一つの店舗に
運んでいるとのことだ。
オーナーのRiccardoリッカルドさんにインタビューする。
私より2、3歳若い男性で、ジェラートのこと以外にも、
「観光地」ではない「普通のイタリアの郊外」で
ジェラテリアを経営することの困難を語ってくれた。
エド:まず、お店オリジナルフレーバー、リンゴットの他に、
特別なフレーバーはありますか?
-そうですね、実はご覧の通り、うちは
「地域密着型ジェラテリア」なので、
クラッシックなフレーバーに力を入れています。
特にベーシックな材料にはこだわります。
例えば、ピスタチオはシチリア島のブロンテ産ですし、
ヘーゼルナッツはピエモント産、
レモンはアマルフィで穫れたものです。
果物は信頼のおける八百屋さんから仕入れをし、
牛乳や生クリームも厳選した新鮮な物しか使いません。
厳選された新鮮な素材で作られたジェラート |
エド: なるほど。観光地だと、あまり美味しくないジェラートを
出してもそこそこ儲けはありそうですが、町のジェラテリアともなると、
常連さんの期待に応えなければいけませんよね。
舌の肥えた地元のお客さんのジャッジが厳しそうですね。
-その通りです。常連さんに支えられて
営業していると言っても過言ではありません。
だからこそ一回でも彼らに不満を感じさせてしまえばお終いです。
だからこそクラッシックな味は失敗が許されないんです。
もちろんシーズンに合わせたフレーバーも欠かせません。
例えば、秋になりましたので、昨日からマロングラッセを出しています。
夏には、スイカやイチジクが人気でした。
エド:マロングラッセ、美味しいです!
やはり季節を感じられるのはいいですね。
(ショーケースを眺めて)
このマラガというフレーバーは何ですか?
スペインの地名であったような…
- はい、ご存知のとおり、スペインの町マラガからです。
そこで作られているデザートワインに
レーズンに合わせてクリームに混ぜた
デザートクリームのフレーバーです。
昔は人気がありましたが、最近マラガを出すジェラテリアは
少ないでしょう。美味しいのに。
エド:なるほど。それでは、絶対に置いておかないとダメ!と
常連さんから言われる味はなんですか?
-そうですね、ピスタチオ、クリーム、ヘーゼルナッツかな…
人気のフレーバー、ピスタチオ、チョコレートと絶品のヨーグルトジェラート |
前述した通り、このイル・リンゴットは、一キロ弱の距離
に二店舗もある。その理由を訪ねてみた。
-単純な理由です。うちの家族はずっと前から
飲食店に関わっていて、たまたまここに
店舗用スペースを持っていたんです。
エド:たまたまですか!あー、だからこの辺りは
他にもジェラテリアが結構あるんですね。
-そうですね、昔から一店舗がありましたが、
私達がオープンしてから、この二年の間で
ほかの二つがオープンして…
正直いうとなかなか厳しい競争現場なんですよね、ここ。(笑)
昔とは法律が変わって、最近は誰でもどこでも
好きな店を開くことができるようになったんです。
私たちの仕入れ先の八百屋さんのすぐ隣にも、
他の八百屋さんがオープンしたらしく、
話を聞いていると厳しい状況に置かれているのは
ジェラテリアだけでもないみたいです。
どれだけ常連さんを大事にしても、
やはりそのエリアのお客さんの数は限られていますので、
ライバルにとられる分はやっぱり損ですよね。
エド:やはりどれだけ甘いジェラートを作っても、
ジェラート屋さんの生活は甘いものではないんですね…。
-そうですね(笑) そんな厳しい状態ですので、
うちではジェラートだけではなく、
新鮮なヨーグルトやジェラートケーキも作っています。
ジェラートだけでは、やはり売り上げは結構厳しいですよ。
観光地の店なら、ジェラートのワンスクープで
3ユーロ(450円ぐらい)しますが、
ここでは1.80ユーロで二つの味を入れないと、
文句を言われてしまいます。
日本に行ったことはありませんが、おそらく他の国で
このクオリティーのジェラートがこんな値段で
食べられるということはあり得ないでしょうね。
このように僕とリッカルドさんが
イタリアのひどい不景気を嘆き恨んでいる間に、
カメラマンのhiralingさんはカウンターの向こうで
忙しそうに作業しているイタリアン美女二人の撮影を試みているが、
黒髪美女が恥ずかしがって、ノーノーと逃げている。
-あ、彼女はレティツィアLetiziaさんです。
この店のジェラートは全部、彼女が作っています。
ほら、写真をとらせてよ、日本の雑誌だよ!
と、店長から言われ、黒髪美女はしぶしぶ
諦めの表情をカメラに向ける。
やっと撮影に応じてくれた職人のレティツィアさん(左) |
-私の家族はもともとレストランをやっていて、
実は私は何年もの間、南フランスのコートダジュールで
店をやっていました。ただ、営業の許可を得るには
フランス国籍がないと厳しいなどといろいろあって、
その後イタリアに帰り、当時他の人に貸していた店舗スペースが
空いた為、自分のジェラテリアをオープンさせました。
ジェラテリアに専念したいところですが、
私は今も家族のレストランを手伝っているので、
こちらの若いジェラート職人レティツィアさんを雇ったというわけです。
-彼女がいなければあたしは来ないわよ!
わざわざクーレから来てるんだから!
と、常連さんっぽいおばあちゃんが
レティツィアの話をしていると、急に口を出す。
-あたしはアメリカ人の友達がいて、
彼らが遊びにくるたびに絶対に連れてくるわよ。
フィレンツェのおばあさんたちは
意外とインターナショナル的だなと思いながらも
インタビューを続ける。
エド:リッカルドさんはフランスに住んで
仕事をしていたということですが、
フランスのジェラートはどうでしたか?
-うーん、やはりフランスでは美味しいジェラートは
なかなかないですね。
イタリアほどの伝統がないからかもしれません。
エド:なるほど。そういえば以前インタビューした
ジェラテリアのジェラート職人(アントニオさん)も
ドイツについて同じこと言っていました。
ただ、イタリア人に聞くと、大抵
「イタリアは世界一美味しい国だから当たり前でしょ」
と言われるような気もするので、
どこまで信用できるかは難しいところですが…
さておき、最近カラピーナという
蓋付きの容器を使っているジェラテリアが
昔と比べたら増えてきましたよね。
こちらでも使われていますが、
どのような利点があるのか教えて頂けますか?
ジェラートはすべてカラピーナという容器でベストな状態に管理されている |
-はい、カラピーナを使わないと、
ジェラートの温度を常に保つことができません。
上のほうが溶ける、それをまた凍らせる、また溶ける、
というような悪循環になります。
それからこのように車やバスの通りが多い道では、
排気ガスやホコリが当然入って来てしまいますので、
蓋を常にしていることで品質的にも
衛生的にも最適な状況を保てるというわけです。
エド:なるほど。それでは観光地によく見られるような、
ディスプレイの派手なジェラートは、
やっぱり味も衛生面もそこそこということですね。
いろいろ勉強になりました。今日はありがとうございます。
帰る前に、ジェラートやケーキの配達に使う
Piaggio
Ape 50の前で二人並んで、写真を撮った。
インタビューを終えて店を後にする。
配達用のピアッジョの前にて |
このイル・リンゴットというジェラテリアは、
老舗でもなければ、ジェラート職人の家系でもないのに、
イタリア人の飲食店のこだわりは通用するんだ。
観光地から離れて、現在のイタリアの不景気と戦いながら、
街の人々に甘い想い出を日々提供するリッカルドくんは、
なんだかかっこ良かった。
これこそ本物のイタリアン生活かな。
オーナーのリッカルドくん |
外に並ぶベンチは地元の人でいつも賑わう |
Gelateria Il Lingotto
Via Lanza 47c (本店、工房)
Via Scipione Ammirato 22/r (支店)
Tel055670183